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2012年 01月 28日
「それを作れば彼がやって来る」映画『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』に出てくるこのセリフが『フィールド・オブ・ドリームズ』という映画のものだということは知っていたが、評判のよいこの映画をまだ見ていなかったので、借りてみることにした。 ストーリー:アイオワで農場を経営するレイ(ケビン・コスナー)は、ある日トウモロコシ畑の真ん中で声を耳にする。「それを作れば彼が来る」 その声は何度も彼の耳に届き、それだけでなく、畑が野球場になっている幻影さえ見える始末。未知なるものに導かれるがごとく、レイは畑を野球場に変えた。生活は危機に陥り、周囲からは変人扱いされながら維持し続けていたその球場に、ある日ユニフォーム姿の一人の男が現れる。それは昔父から聞いていた悲運の大リーガー、シューレス・ジョー(レイ・リオッタ)だった。 自分を振り返ったとき、「いずれは・・・」と思いながら置き去りにしていることがかなりたくさんあることに気付く。家族にしてあげたいことや身の回りの整理、やりたいけれどまだやっていないことetc. 年を重ねて思うのは、もう後回しにできないということ。たとえば老いた親にしてやりたいと思うことは、なるべく早く実行したい。子供に伝えていないこともきちんと伝えておかなくてはならない。 そんな中で過去の後悔もできることなら早めに清算したいものだが、かなり根深い、屈折したものだったりしてすぐにそこへ戻れるとは限らない。おそらくそうした過去が今の自分を作っていたりするのだろうからなおさらだ。 この映画も『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』も同じことが真ん中にある。忘れていたつもりでも心の奥に巣食い続けている後悔の思い―それをきちんと清算しなくっちゃ進めないこともある。 でもとどのつまりは過去でも未来でもない、今をちゃんとしなくちゃ。そういうことなんだろうな。 『フィールド・オブ・ドリームズ』1989年アメリカ 原作:W・P・キンセラ 監督・脚本:フィル・アルデン・ロビンソン 出演:ケビン・コスナー、エイミー・マディガンほか 2012年 01月 23日
買ったのはおととしだっただろうか。寝かせていたこの本をふと読み始めたのがお正月明け。十数ページ読んだまましばし休憩し、再開後はほぼ3日で読み終えた。本を読んで「ああ・・・」と声が出てしまったのは、先日の東海村臨界事故の時と同じだが、今回は意味合いが違う。しばらくぶりにすごい男に出会ってしまった。多分自分の理想に近いような。 物語は、司法試験につまずいて自分を見失っている青年が、姉と共に自分達の実の祖父の歴史を追うという形で進んで行く。二人には弁護士をしている優しい祖父がいたが、祖母が他界した後で、実の祖父は特攻隊員として戦死した宮部久蔵という人物だと知らされたのだ。 二人とも、今目の前にいる祖父と自分たちに血のつながりがないなどとは思いたくもない。本当の祖父の存在を半ば否定するような気持ちさえ抱きながら、生前の彼を知る人への聞き込みを始める。 最初に訪ねた男からいきなり「宮部は命を惜しむ臆病者だった」と言われ、二人は困惑する。また、出撃しても機体に弾を受けて戻ることは少なく、自分の銃弾も残っていることが多かったという整備兵の話は、彼が戦闘に加わらず逃げ回っていたのではないかという疑いさえ抱かせるものだった。 が、ひとり、ふたり、と聞き込みを続けるにつれて、二人の中に宮部の輪郭が少しずつ浮かび上がってくる。彼は腕利きの飛行士で、死んだ部下の名誉を守るため上官にたてつく勇気も持ち合わせていた。合理的にものを考えることのできる人物で、何よりも無駄死にを嫌った。 そんな彼が特攻隊員として死んだという事実のもつ重み― “おじいさんは特攻隊員として戦死した” 知らない者が聞けば、それはただの言葉でしかない。そうだったのか、で終わる話である。でも、宮部にも生きていた時間に相応するドラマがあり、それは決して一言や二言で言い尽くせるものではない。 日本は”武士道”や”大和魂”に縛られて、自分の命を惜しむことなどよしとしない。今を生きる私でさえ、ずっとその考えに囚われ続けてきた。生きて帰りたいがために逃げ回るなど恥ずかしいことだ、と。 男が戦いに出たからには、堂々と真正面から勝負し、潔い最期を遂げるべしー もし私が当時の母親だったなら、本音はともかく、戦場に赴く息子にそんな建前を言ったのかもしれない。 しかし、この物語を読んでいくと、様々な伏線にも導かれつつ、そうした当時の常識がいかに思慮に欠けるうわべだけのものかをじわじわと理解できるようになってくる。 面子のための戦い、武士道まっとうのための戦い、深慮なく命を捨てる戦いがいかに愚かしいか。若者を死なせ老人ばかりが残る世の中にどんな未来があるというのか? 物事の本質を見極め、理に叶った戦い方をするという当たり前のことさえできなかった日本国の上層部。その体質が今は残っていなければがよいのだが・・・ 思えば、命の重みは年を重ねるごとに実感が伴っていくものではないか。「命は一つしかない大事なもの」と何百回言葉で諭しても、若い人ほどそれを理解できない。26歳で逝った宮部は、若くして非常に成熟した考えを持っていたということになろう。 人気を博した物語なので、今さら言うまでもないことだけれど、未読の方にはぜひ、宮部さんに会ってきていただきたいと思う。 最後に。昨年亡くなった児玉清さんの文庫あとがきがこれまた素晴らしいことも書き添えておきたい。 「永遠の0」百田尚樹著 講談社文庫刊 2009年7月15日第一刷発行 2012年 01月 22日
ニーチェをとっても難しく考えていた。ハイデッガーも学生時代本を買ったまま、いまだ読んでいない。そんな私がいつものごとく書店をふらついていたところ『いたこニーチェ』などというふざけたタイトルの文庫が目に入ってきた。いたこといえば恐山。いたこにニーチェが降りてきたというわけだな。 これで昔未修だったものを一気にクリアしてしまおう、などという大それたことを考えたわけではもちろんない。にもかかわらず、読み終えてみると、ニーチェの輪郭が分ったような気になれるのがこの本のすごいところだ。 25歳独身のオレは、サラリーマン生活2年目。会社での変わり映えしない毎日と、めんどくさい両親とのやり取りにうんざり気味だった。そこにいきなりあらわれたのは、高校の同級生・三木。三木はオレに思いもしなかったことを告げた。 「おまえはプラトンの生まれ変わりだ」 そしてその三木にニーチェが 乗り移り、オレはプラトン一派の非をひとつひとつ正されてゆく羽目に陥る。 例えば物事にはあるべき形や理想の姿があるはずという思い込みや、右の頬を打たれたら左の頬も出し、自分を苦しめる相手をも愛せという宗教観― どことなく違和感を覚えながら「そういうものだ」と思ってきたあれこれについて、実はそんなことに囚われる必要はなかったのかも・・・と思わせてくれる目ウロコ本だ。 なんだか最近、呪縛から解かれるように頭の中の図が変わり始めている。なんなんだろう?? 「いたこニーチェ」適菜収著 朝日文庫刊 2011年9月30日第1刷発行 2012年 01月 12日
10日付で職場の一人が辞めたので、しばらく連休が取れない。直前の5日、思い立って東京へ行くことにした。目的①たばこと塩の博物館(渋谷)で「特別展 森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物」を見る 目的②森美術館(六本木)で「没後150年 歌川国芳展」を見る 目的③犬印鞄製作所(浅草)でノートパソコン用バッグを買う 森永のお菓子の歴史がわかる「特別展 森永のお菓子箱 エンゼルからの贈り物」、終了間際に何とか見られてよかった。子供のころ目にしたお菓子のパッケージとその味には忘れられないものが多い。 森永ではハイクラウンチョコレートが印象的。タバコに似た大きさの、少し大人っぽいパッケージと、中に入っていたカード・・・懐かしい。いまだ健在のチョコボールは大人になってもくちばしのエンゼルを期待してしまう逸品だ。 そうした懐かしい商品が歴史を追って並んでいて、わくわくしながら見た。 歌川国芳は昨年来テレビ番組でもたびたび取り上げられており、その構図の斬新さや遊び心に心惹かれていた。今回実際の作品を見て、その色使いの豊かさや深みに感じ入った。音声ガイドによれば、国芳は子供や猫が大好きで、愛嬌や懐の深さを持ち合わせた人物だったらしい。そんな人物像が画にも表れているようだ。 それぞれの作品に添えられている「国芳」のサインとヨシキリのマークがまた、たまらなくいい。 当たり前のことなのだが、こうした美術展を見た後いいと思った作品の絵葉書や図録を買っても、本物の質感には到底及ばないことに失望する。それでもあれこれ買ってしまったけれど。 歩き疲れてもう帰ろうかな、と思いながら足を延ばしたのは、浅草。ネットでパソコン用バッグを探していて行き当ったのがこの店のH.P.で、できれば実物を見て買いたいと思っていた。閉店30分前に到着した犬印鞄製作所浅草一丁目店で緑の帆布のバックを購入、ネームの刺繍もしてもらった。うふふ。 歩いた距離は14,000歩。しかし靴が足に合わず、しまいには爪先立ちで歩く始末。 あ~よく歩いた! 2012年 01月 09日
昨年福島で惨事が起こったとき、私が最初に思い出したのは東海村の臨界事故のことでした。大変な量の放射線を被曝された作業員の方は、未曾有の経過をたどり亡くなられたと聞いていました。しかし何より、厳重なマニュアルの元で行われるべき現場のウラン流し込み作業が、危険という意識のないままにバケツで行われていたことへの驚き・・・無知の怖さを思い知った出来事でした。 この臨界事故が起きたのは1999年9月30日。そんなに年月が経ったことに改めて気づきました。そしてやはり、原子力に携わる人たちにこの事故の教訓は生きていなかったことにも。 昨日ふらりと立ち寄った書店で偶然この本を見かけ、一気に読み終えました。 バケツで作業をしていた大内さんは当時35歳、子供さんもまだ小さい働き盛り。彼が無知だったという問題ではありません。作業員は現場で決まっていたマニュアル、あるいはいつもの手順で淡々と働いていたに過ぎなかったのだと思います。 では誰を責めたらよいのか。 危機管理もできないまま、効用だけに目を向けて原子力を使ってきた人間がいけないのでしょう。原子力に直接係わる・係わらないは問題でなく、原子力が及ぼすあらゆる功罪を自分のこととして捕らえていない私達皆が罰を負わされるのだと思います。 昨年来、スーパーの野菜売り場では、福島産の品物が安く売られています。内部被曝という言葉に一瞬怯えつつもかごにトマトを入れ込みます。大丈夫かそうでないかは自分で判断するしかありません。そのために必要な情報は、自分で確実にキャッチしなければなりません。 この本では、NHKの取材記者によって大内さんの治療経過が淡々と語られています。技巧というより、敢えて朴訥な口調で書かれているといった印象さえ受けます。そんななか最も感銘をうけるのは、大内さんのご家族の静かにして強い祈りの心。泣き喚くこともせず、じっと自分達に降りかかった苦しみに耐える姿は、立派というよりほか言葉が見つかりません。 『朽ちていった命 ―被曝治療83日間の記録』 NHK「東海村臨界事故」取材班 平成18年10月初版第一刷発行 新潮文庫刊 2012年 01月 03日
新しい年が希望に満ちた一年になりますように。
![]() ![]() と祈るワン&にゃん。 ワン=ポッケは五歳。散歩に行く前に「おしっこしてから行くよ」と声をかけると、庭の隅に行って用を足してこられるようになりました。 にゃん=ミクロは今年十四歳になります。まだ動きや毛並みに年を感じることはありませんが、四六時中えさを欲しがるあたり、痴呆の行動ではないかと心配。 さて、ことしの目標ですが・・・ 職場がひとり欠員になるので、あとの人が入るまで仕事がかなり忙しくなる模様。 パソコン要約筆記講座、バドミントン、バレーボール、中国語教室で、毎週ぎゅうぎゅうになりそうです。 まずはP.C.のブラインドタッチ練習に明け暮れ、何とか「タイピング、結構速いね!」と言われるレベルに到達したいと思ってます。 新人が加入し、時間に余裕ができた暁には、中国語検定の勉強でもできればいいな、と。それまでにこつこつとお金を貯めて、今年は香港へ行きたいです!! ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ところで。最近テレビを見ていると「あなたの夢は何ですか?」と問うフレーズが目に留まります。 夢を持って生きよう、と叫ばれるようになって久しいですよね。夢は素晴らしいもの、持つべきもの、という感覚なのでしょう。訊ねられた人が語るのは、実現不可能に見える大きなものから、ちょっと頑張ればGETできるささやかなものまで様々です。質も量も多様なこれらを、すべて夢と呼んでしまっていいんでしょうか。 私はひねくれているので、どうもこれに違和感があるんです。 夢を持たない人、夢を意識してない人はダメなの?年をとっても夢を忘れちゃいけないの?なんだか、上から目線のように感じてしまう。 夢と聞いていちばんピンとくるのは、クラーク博士の言葉「少年よ、大志を抱け」。若者は大きな志や夢をもって欲しい。夢ってそういうものであって欲しいかな、と。でも、最近の“夢”は、それとは少し質が違うような気がするんです。 例えば上に書いた私の今年の目標、これは全く夢ではありませんよね。私達が「健康でいたい」「家族がみな元気でありますように」と願うことも夢とは違う・・・偏屈と言われるかもしれませんが、私は私の言語感覚にちょっとこだわりたい。 今年は夢という言葉のピンと来る使い方をマスターしたいですねぇ。 2011年 12月 31日
年の瀬もいよいよ押し詰まってまいりました。あとわずか・・・皆様いかがお過ごしでしょうか?
先月新しいパソコンを買ったものの、自分でネットにつなげないまま放置状態。先ほど帰省中の弟が来てくれてやっと自分のサイトにたどり着いた次第です。 思えば2011年は公私ともに変化の多い1年でした。 3月の地震、5月の膝痛、6月の肩脱臼、10キロ減量の夏、8年ぶりにバドミントン復帰の秋、せっかく痩せたけど3kgリバウンドの冬・・・仕事では販売成績不振で劣等感に悩んだ1年でありました。 娘が20歳になり東京暮らしを始めました。息子は夫と同じ職業に就くことが決まりました。4月からは夫婦だけの暮らしになります。寂しさ?それはさほどでも。 そんな中のマイブームは、「SlLAM DUNK」、黒鉄ヒロシ、ウォーキング、QUEEN、松本隆、『MAD MAX』竹野内豊、松坂桃李あたりかな。 映画鑑賞は例年より少なくなってしまいましたが、香港俳優、監督各位の生み出す新たな流れとでもいいましょうか。上滑りではない、内容の充実した力作が見られるようになってきたことをうれしく思います。『孫文の義士団』、よかった!『レイン・オブ・アサシン』、好き!『奪命金』、さすがジョニー・トーの着眼点!『イップマン』『レジェンド・オブ・フィスト』、ドニーさんに開眼。 ほかに印象に残った作品 『アジョシ』『ヘブンズストーリー』『SP革命編』『まほろ駅前多田便利軒』『大木家のたのしい旅行』『サビ男♪サビ女』『小川の辺』『アイ・アム・ナンバー4』『コクリコ坂から』『チョン・ウチ時空道士』『ブリッツ』『香港四重奏』『127時間』『酔いがさめたら、うちに帰ろう』『グリーン・ホーネット』『冷たい熱帯魚』 インパクトの強かった3作は 『アジョシ』『孫文の義士団』『冷たい熱帯魚』ですね。特に『冷たい~』はこの先容易には忘れられないほど強烈な作品でした。 ぎゃ~新年が来てしまう!ポチ!よいお年を!! ![]() 追記 11月、突然携帯画面が真っ暗に。もう寿命ということでスマートフォンに鞍替えいたしました。さよならモトローラ(*_*) 2011年 12月 08日
人は一生でどれ位の人について知ったり興味を持ったりするものだろう。会うことのできない歴史上の人物の真の姿を知るなんて不可能に近いだろう。そもそも人を知るって、いったいどの程度を指すの?昔、TV番組『クイズダービー』で博識ぶりを見せていた黒鉄さんが、これほど歴史に詳しいことを遅ればせながら知った。そして彼のお陰で、織田信長を見直すことができた。 黒鉄氏の信長観が分る『信長遊び』を読んだときも感じたが、なぜ今まで信長を“「殺してしまえ」の怖い人”としか認識できなかったのだろう。損してたなあ。これって教科書の字面しか追っていなかった証拠だ。 この本で取り上げられているのは、織田信長をはじめとする戦国武将や、坂本龍馬や勝海舟ら幕末期の有名人たちなど。どの人物も、授業で習ったり小説で読んだりして、何故有名なのかくらいは知っている。でもそれがホントに“ざっくり”した知識でしかなかったことを思い知らされる。 この本を読むと、今まで知らなかった彼らの姿が次々と見えてくる。そして冒頭にも書いたように、人を知ることの奥深さを思い知らされるのだ。 例えばジョン万次郎。漁で暴風雨に遭い、島に漂着していたところをアメリカの捕鯨船に助けられた彼は、アメリカ本土での生活を経て命がけの帰国を果たす。そんな彼が幕末、アメリカとの交渉で果たした役割は想像以上のものであったようだ。 また、今までとかく尊攘志士に肩入れしがちであった幕末史で、最後まで幕府と共にあった会津藩の行動に初めて誠実さを感じた。 物事は一つの方向からだけ見たのではいけないといつも思ってきた。世間が語る人の評価をまずは疑ってかかることの必要性も。 そして、歴史や社会に評価されなかった人の中にも、大きな仕事を成し遂げ、国を支えた人が無数にいることを忘れずにいたい。 『千思万考 歴史で遊ぶ39のメッセージ』黒鉄ヒロシ著 幻冬舎刊 2011年2月25日初版第1刷 2011年 11月 21日
アンドリュー・ラウ監督が韓国俳優を使って撮った『デイジー』。私はこの映画で韓国俳優のイ・ソンジェを好きになった。あの時スナイパーを演じたチョン・ウソン出演。ストーリー:明の時代、暗殺組織・黒石が宰相の張海端父子を亡きものにした。彼らの目的は、武術の奥儀を究めた達磨大師のミイラを手にし、武術界の覇権を握ること。張宰相がミイラの半身を持っているとの噂を聞きつけての襲撃だった。しかしその後、黒石の女剣士・細雨(ケリー・リン)がドサクサに紛れてミイラを奪い、姿を消してしまった。 凄腕の剣士である彼女は、その後剣の達人・陸竹(リー・ゾンファン)から剣の極意を学ぶが、彼亡きあとは顔も名前も変えて部屋を借り、秘かに暮らしている。 そんな彼女・曾静(ミシェル・ヨー)を見初めてたびたびやってくる優しそうな男・阿生(チョン・ウソン)・・・彼女は彼と共に新たな生活に踏み出す。穏やかで暖かい二人の暮らしは傍目にも麗しく、ずっとこのまま続くといいのに、と願うほど。 注)このあとネタバレします。 二人が顔を合わせるときはいつもにわか雨が降ってくる。それを見ながら、冒頭に紹介した『デイジー』を思い出さずにはいられなかった。雨宿りというシチュエーションも出会いのきっかけにはとってもいいんだなあ。 ミシェル・ヨーの、酸いも甘いも噛み分けた包容力と、それと対等に渡り合える感のあるウソン。二人の関係性が、若いだけのカップルにはとても出せない味わいを出している。 しかしチョン・ウソンともあろう俳優が、このまま暢気な家庭人で終わるなんてことがあろうはずもなく、この夫婦の実態は、『Mr.&Mrs.スミス』。 レオン・ダイ演じる彩戯師の怪しくも滑稽なキャラクターと、綻青(バービィ・スー)の空回りする妖艶さが、黒石という組織の面白味を演出。雷淋(ショーン・ユー)を“仕事人”としてだけでなく家庭人として描いているのもいい。そして、リーダー転輪王(ワン・シュエチー)が抱える宦官の悲哀には、目からウロコが落ちたような気もし・・・ アクションのみならずストーリーと登場キャラクターの妙で、観客を飽きさせない作品だ。 『レイン・オブ・アサシン』剣雨 2010年中国 監督: 出演:ミシェル・ヨー、チョン・ウソン、ワン・シュエチー、ショーン・ユー、レオン・ダイ、バービィ・スーほか 日本語字幕翻訳:伊東武司 2011年 11月 11日
知り合いからいただいた一品、台湾みやげの甘納豆です。食べてみるとクセもなく美味しい。程よい甘さです。箱の裏を見ますと、観光みやげらしく日本語、英語、繁字体の注意書きがあります。日本語部分を読んでみましょう。 ![]() ちょっと前に読んだ本『世界ニホン誤博覧会』(柳沢有紀夫著 新潮文庫刊)で知った「どづぞの世界」、みーつけた! 日本語で書かれているとつい安心してしまうものですが、よーく見てみましょう。 それでもだいたいの意味は分っちゃうわけですから、気にしなくていいんでしょうかね。
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